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ブログ - 「グランートリノ」を観て

「グランートリノ」を観て

カテゴリ : 
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執筆 : 
tadao 2011-11-24 14:55
「グラン・トリノ」を観て ―ウォルト・コワルスキーは最高の死に場所を見つけた― 映画研究家 三浦忠夫 この映画を観終えて最初に思ったことは、クリント・イーストウッド扮するウォルト・コワルスキーは最高の死に場所を見つけたということ。主人公のコワルスキーは、1950年代に朝鮮戦争で勲章をもらい、その後フォードの自動車工場で働き、そのシンボルであるフォードの「グラン・トリノ」を手に入れたことが彼の最高の人生だった。時が経ち80近くに歳をとった今、息子家族を含め周りから「いまだに50年代を生きている頑固爺!」と嫌われ、毎日家のバルコニーで椅子に座り缶ビールを飲みながら外を眺めている。そんな彼が隣りに引っ越して来たラオスのフン族一家とのちょっとしたことから交流を持つようになり、挙げ句の果てに、軟弱なタオ少年を一人前の男に仕立てる教育者に変身していく。そしてコワルスキーが最後にとった行動は正にサプライズであり、彼の心の奥底にあったものが教会での懺悔では癒せないだろうし、だから最後の行動でしか贖罪出来なかった。考えに考え抜いた行動だった。 次に思ったことは、自分もそろそろ死に方なり死に場所を考えなくちゃならないな、ということ。コワルスキーの歳まであと11、12年あるが、その間に何とかしなくちゃならないと思った。 それにしてもクリント・イーストウッドっていう映画人は、今を生きる人間の心を揺さぶる映画をたて続けに作るものだと驚いた。しかもすでにもう次回作品も準備しており、モーガン・フリーマンを使って南ア連邦のマンデラ大統領を描くらしいが、それを聞いただけでもう観たくなってくる。 この映画を見終わっていろいろ事を考えた。その一つは、クリント・イーストウッドはもう映画に出ない方がいいと思った。出るとしても端役でいいし、出ずっぱりの主役はもういい。あの年じゃあを観てる方が辛い。本人も「グラン・トリノ」発表直後のインタビューで言っている。作るだけに専念した方がいい。往年のクリント・イーストウッドをいつまでも大事にしているファンにとって老いたイーストウッドをみるのは辛い。それにしても今時、次回作がこんなに待ち遠しい映画監督なんてめずらしい。  今の映画は、昔の映画に較べると随分違ってきたように思う。私は昔から監督で作品を選んできたから、たからだいたいその監督によってその作品の質を見極めてきた。ジョン・フォードにしてもビリー・ワイルダーにしてもウイルアム・ワイラーにしてもそれぞれ特長があり、しかもどんな作品でもちゃんと期待を裏切らない出来映えだった。だから安心して映画を観ることができた。そういう古い監督たちはもうとっくにこの世を去り彼らの後継者は沢山いるが、昔の監督たちのような映画を作る人はなかなかいない。それは世の中が変わったせいなのかよく分からないが、今の映画を観てがっかりする事が多い。だから古い名作が今いろいろなところで上映している。そんな中にあってクリント・イーストウッドは期待を裏切らない監督の一人である。  昔のいわゆるいい映画というのは、喜怒哀楽も含めて人間を謳い上げるというか、とても格調高い作品だったような気がする。クリント・イーストウッドの映画というのは決して格調高い映画とはいえないが人の本心を揺さぶるものがある。それは今の世の中がいかに虚飾に満ちているかをみんな知っているから、クリント・イーストウッドがそれを暴いてくれると拍手喝采するのだろう。

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